2024年2月29日木曜日

九替十年色地獄 その34

P16P17 国文学研究資料館蔵

P16

(読み)

小まものや

こまものや


「王多し

 わたし


可゛本んの

が ほんの


すいぎ う

すいぎゅう


て於まへ尓

でおまえに


かし

かし


多可゛

たが


べ川

べっ


可う

こう


可多可゛つきませぬ

かたが つきませぬ


ぞう

ぞう


げそん

げそん


奈こ川

なこっ


ちやァ

ちゃぁ


らちやァ

らちゃぁ


あくめへ

あくめぇ

(大意)

小間物屋「わたしがほんの水牛(粋筋(すいすじ))で、お前に貸したが、鼈甲(まったく?)方がつきませぬ。象牙(どうせ)そんなこっちゃあ、らちぁ、あくめぇ」

(補足)

 この場面ではセリフの話し手がかかれています。小間物屋は高価な水牛・鼈甲・象牙の借金催促を地口にのせて、とりたてます。鼈甲の部分が何を洒落ているのかがわかりません。 

2024年2月28日水曜日

九替十年色地獄 その33

P16P17 国文学研究資料館蔵

P16

(読み)

中 でもとうらく奈

なかでもどうらくな


女 郎 ハいろとさけと

じょろうはいろとさけと


くらひもの尓

くらいものに


志んしやうを

しんしょうを


いれあけもの日の

いれあげものびの


ミあ可゛りへ八重可り

みあが りへやえがり


のそん里やう可

のそんりょうが


つもり\/ てつまら

つもりつもりてつまら


奈く奈りこふくや

なくなりごふくや


こまものやそん

こまものやそん


里やうやきのしや

りょうやきのじや


まで尓可しやく

までにかしゃく


せられ可んの

せられかんの


うちても

うちでも


すつ者多゛可で

すっぱだ かで


いるこれを

いるこれを


者川可んぢごくと

はっかんじごくと


いふ

いう

(大意)

 なかでも道楽な女郎は、色と酒と食い物にすっかり入れあげ、物日の身上がりや積もりつもった損料で、どうしようもなくなった。呉服屋・小間物屋・損料屋・喜の字屋までに責め立てられ、寒の内でも素っ裸でいる。これを八寒地獄という。

(補足)

「中」、「ゆ」に見えるのは、筆順が同じだからでしょう。

「もの日」、五節句やその他特別な祝いの日。廓では紋日(もんび)ともいう。

「ミあ可゛り」、『みあがり 【身上がり・身揚がり】

遊女が自分から抱え主へその日の揚げ銭を払って休むこと。金のない情人と会うためにする場合が多い。「此三年が間の―買ひ懸り済させて」〈浮世草子・好色一代男7〉』

「そん里やう」、『そんりょう ―れう【損料】

衣服・道具などを借りたとき,使用料として支払う金銭』

「そん里やうや」、『そんりょうや ―れう―【損料屋】

料金をとって衣服・夜具・器具などを貸す商売。また,その商売の人』

「きのしや」、『きのじや 【喜の字屋】

① 吉原の遊郭内で,「台の物」と呼ばれる料理の仕出し屋の通称。享保(1716〜1736)年中,喜右衛門という者が評判をとったことに由来するという。「―の名も高く」〈洒落本・遊子方言〉』

「者川可んぢごく」、『はちかんじごく ―かんぢごく【八寒地獄】

〘仏〙 寒さに苦しめられる八種の地獄。すなわち,頞部陀(あぶだ)・尼剌部陀(にらぶだ)・頞唽陀(あせちだ)・臛臛婆(かかば)・虎虎婆(ここば)・嗢鉢羅(うはら)・鉢特摩(はどま)・摩訶鉢特摩(まかはどま)の称。氷の地獄』

 この頁の人物や物品・建具などの輪郭が太めでくっきり彫られていて鮮明です。

 

2024年2月27日火曜日

九替十年色地獄 その32

P15 国文学研究資料館蔵

(読み)

「まち奈んし

 まちなんし


奈可゛しへ

なが しへ


由びの王を

ゆびのわを


於としんし多

おとしんした


と川てきて可ら

とってきてから


せめら連ん

せめられん


しやうと

しょうと


志んぞう

しんぞう


へいき

へいき


奈り

なり


「あんまり多゛

 あんまりだ


可う

こう


せ須゛ハ

せず ば


きく

きく


まひ

まい


「これ可ら

 これから


ともべやへ

ともべやへ


尓けこまふ

にげこもう

(大意)

「待ってくれぬか。流しへ指の輪を落としてしまった。取ってきてから責められるだろう」と、新造平気で逃げてゆく。

「あんまりだ。こうしなければ言うことを聞くまい」

「これから供部屋へ逃げ込もう」

(補足)

「ともべや」、遊客のお供の者などが控えている部屋。

 新造の表情に切羽詰まった感がないのは、毎度のことだからでしょう。

 竈(かまど)にはでっかい釜があります。お湯はどんなときにも必要なものでしたからたっぷり沸かしておいたのでしょうか。蓋の上にはこれまた立派な灯り台。地獄の閻魔様が使っているようなものに似ています。

 

2024年2月26日月曜日

九替十年色地獄 その31

P15 国文学研究資料館蔵

(読み)

ま多いけづるひ志んそう奈ぞハ

またいけずるいしんぞうなぞは


やりて可゛もゝつ多ぶらへ小可゛多奈

やりてが ももったぶらへこが たな


者りを多てゝせめる

ばりをたててせめる


づるひきの女 郎 を

ずるひきのじょろうを


可しやくする由へ

かしゃくするゆえ


これをづるきの

これをずるきの


山 といふ

やまという

(大意)

 また、クソずうずうしい新造なぞは、遣り手が、股のあたりへ小刀針を

たてて責める。づるひきの女郎をきびしく責めるので、これを「づるきの山」という。

(補足)

「いけ」、さてなんだこれはと調べると『卑しめののしる意を表す形容詞・形容動詞などに付いて,さらにその程度を強める意を表す。「―ずうずうしい」「―好かない」「―ぞんざい」「―しゃあしゃあ」〔近世以降の語。近世前期の上方語では,名詞に付いて用いられた。「―腰抜け」「―年寄り」など〕』とあって、例文を読んで納得。

「小刀針」、鍼灸師が用いる「三稜鍼(さんりょうしん)」のこと。『鍼術に用いられる鍼(はり)の一種で,三稜(かどが三つあること。また,三つのかど。三角)のあるもの。腫(は)れ物の切開や瀉血に用いる』。安永年間(1772〜81)、吉原で遊女が小刀針で折檻死したという事件があり、その話題にふれたのではとありました。

「づるひき」、遊郭では夕方営業開始の際、店先で顔見世と三味線演奏(すががき(清搔・菅搔)『④ 江戸吉原で張り見世を開くとき,店先の格子の中で遊女たちが弾いた,歌を伴わない三味線曲。見世菅搔。』)をした。新造がその役割とものの本にはありました。

「づるきの山」、地獄の「剣山」のしゃれ。

 短い文章ですが吉原に通じてないと、よくわかりません。

 三稜鍼を持つ遣手婆から走って逃げる新造の着物柄が素敵です、ずいぶん凝った柄を描いたものです。 

2024年2月25日日曜日

九替十年色地獄 その30

P14 国文学研究資料館蔵

(読み)

「又 ことハら

 またことわら


連る可

れるか


馬 \/しひ

うまうましい


「あのきやく人 ハきりの

 あのきゃくじんはぎりの


あるの多志ん本゛うし

あるのだしんぼ うし


奈せへ

なせえ


「者゛可らしひ

 ば からしい


ざしきでハ

ざしきでは


人 のやう多゛可゛

ひとのようだ が


とこの内 てハ

とこのうちでは


馬 多ものを

うまだものを


どうして

どうして


あ王れるもの可

あわれるものか


「きやく人 ハ馬

 きゃくじんはうま


於めへハ

おめえは


あし可

あしか


こゝの

ここの


二可いへ

にかいへ


个多゛もの

けだ もの


ミせを

みせを


多゛し多

だ した


やう多゛

ようだ

(大意)

「また、ことわられるか、うまうましい」

「あの客人には義理があるのだ。辛抱してくれ」

「馬鹿らしい。座敷では人のようだが、床のなかでは馬のようなものを、どうして会わなくちゃいけないのか」

「客人は馬、お前はあしか、ここの二階に獣(けだもの)の店を出したようじゃないか」

(補足)

「馬\/しひ」、もちろん「いまいましい」のしゃれ。

「於めへハあし可」、若い新造はよく居眠りをするので、アシカにたとえられていたとありました。

 角のある若い者がなだめてます。左手に持つのは酒の提子(ひさげ)ではなく、座敷を見回りながら行灯などに灯油を注ぐ油差しとものの本にはありました。左下隅に箱膳の脇におなじ形のものが見えています。

 禿から新造になったばかりで経験も浅いため、客の馬並みをみて驚き泣く姿はお手の物、うまいです。

 

2024年2月24日土曜日

九替十年色地獄 その29

P14 国文学研究資料館蔵

(読み)

ちく

ちく


しやう

しょう


とうの

どうの


くるしミハ

くるしみは


ふりそで

ふりそで


志んぞうの

しんぞうの


ミのうえ尓

みのうえに


ありさし

ありざし


きでハきやく

きではきゃく


尓ミへとこの

にみえとこの


内 へ者い川て

うちへはいって


ミると馬 の

みるとうまの


やうなきやく

ようなきゃく


多び\/

たびたび


ある事 也

あることなり


これら尓も

これらにも


志ん本うして

しんぼうして


あハ年ハ奈ら須

あはねばならず


そのくるしミ

そのくるしみ


ふて尓のへ可多し

ふでにのべがたし

(大意)

 畜生道(遊郭で働くものたち)の苦しみは、振袖新造の身の上にある。座敷では客に見えるが、床のうちに入ってみると、馬のような(巨根の持ち主の)客がたびたびあるのである。これらにも辛抱して会わねばならず、その苦しみは筆だけで述べるのは難しい。

(補足)

「馬」のくずし字は「マ」につづけて「る」のようなかたち。

「事」のくずし字は「る」。

「也」のくずし字は1,2画目が短い横棒で、3画目だけ強調するように「し」。

「ふて尓のへ可多し」、濁点が全部省略されていて、一読では???

 春画では男女の性器が強調されて迫力満点なのですが、さすがここは黄表紙ですから寝床には馬そのものでした。しかしそれではものたらぬと見た京伝、首から上は鼻のでかい旦那に仕上げました。鼻の大きな男は巨根の持ち主だという俗信です。

 ところで、司馬江漢の江漢西遊日記に、遊郭の記述がかなりあります。西へ旅しながらひなびた宿に泊まるのですが、こんな数件の旅籠宿でも遊女がいると、なかば呆れなかば嘆いています。

 

2024年2月23日金曜日

九替十年色地獄 その28

P12P13 国文学研究資料館蔵

P13

(読み)

作 者 曰 「くいもの

さくしゃいわくくいもの


可らハ

からは


ひ可゛

ひが


もへる

もえる


きやくハ

きゃくは


き可゛

きが


もめ

もめ


る

る


多゛らう

だ ろう

P12

「里て ふちつと奈んぞ

 りちょうちっとなんぞ


く王つせへ

くわっせぇ


おいらア

おいらぁ


ま多゛

まだ


ハら可゛

はらが


よしさ

よしさ


マァぬし

まぁぬし


く王つし

くわっし


「ちと

 ちと


奈んそ

なんぞ


めし

めし


上 りまし

あがりまし


「ナニ

 なに


王川ちらハ

わっちらは


や川ハり袮き

やっぱりねぎ


ま可゛おい

まが おい


しひよ

しいよ


「そうで

 そうで


於す

おす


ぞく尓

ぞくに


もろこし

もろこし


奈ぞ可゛

なぞが


与う

よう


す与

すよ


「もし

 もし


おいらん

おいらん


ちよつと

ちょっと


ミゝを

みみを


於多゛し

おだ し


奈んし

なんし


竹 村 の

たけむらの


上  あん

じょうあん


も

も


まん

まん


ざらで

ざらで


奈い

ない


袮へ

ねぇ

(大意)

作者いわく「食べ物からは火が燃える。客は気がもめるだろう」

「里蝶(客の名前)、少し何か食ったらどうだ」

「おいらはまだ腹がへってねぇ、まぁ、あなたが食ってくれ」

「ちと何ぞ召し上がってください」

「なに、わっちらはやっぱり葱鮪(ねぎま)がおいしいよ」

「そうですねぇ。ありふれたとうもろこしなどがいいですよ」

「もし花魁(おいらん)、ちょっと耳をかしてください。竹村の上餡も、まんざらでないねぇ」

(補足)

「ぞく尓」、ありふれた。世間普通の。高雅でない。上品ぶらずに。

 遊客の会話、花魁の会話とあちこちにとびますが、適当につなげます。

 文献を読むと、吉原のどの遊女屋の自前の料理は高いばかりでまずいことで有名だったそうです。なので吉原の外のうまいと評判の料理店から仕出しをとって花魁を喜ばせたそうであります。

 一番左端の若い者にはやはり角が生えています。