2019年11月28日木曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その60




 P.36 3行目まで。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
未 夕有之  其 上 右 乱 妨 之砌 り関 東 御取 締  御
いまだこれありそのうえみぎらんぼうのみぎりかんとうおとりしまりご

出役 様 方 最寄 村 方 御廻  村 先 二而御聞 込 ミニ
でやくさまがたもよりむらかたおまわりむらさきにておききこみにて

相 成 御手入 可相成   所  戸口 村 ゟ 送訴 二罷  出候  上  ハ
あいなりおていれあいなるべくところとぐちむらよりそうそにまかりでそうろううえは



(大意)
いまだあり、その上前述の乱暴の際に関東御取締御
出役様方がもよりの村を見廻り聞き込みをし
調査されるべきところ、戸口村よりも訴えが出されてしまいました。そうなってしまった以上



(補足)
「出役」(しゅつやく、でやく)、読みをいつも悩むのですが、どちらでもよさそうです。
「最寄」、「最」のくずし字は「日」が「宀」、下部はそのまま「取」になってます。
「聞込ミニ」、「ミニ」がとても小さく、この2行後の「御糺二」の「二」はもっと小さい。
「聞」のくずし字はとても特徴的なので読み間違えません。
役職に「御」がつくのはよいとしても、そのあと「御」が3つもあります。


 戸口村からも訴え状が出ていたのでした。
坂口村の均平さんから訴えられて、戸口村の七左衛門さんが答弁書を提出しました。
その後に、七兵衛さんが均平さんを訴えでたようです。
それに対する答弁書がこの書状ということなるのでしょうか。


2019年11月27日水曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その59




 P.35 4行目〜最後。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
之一 件 無證據   二相 成 内 済 仕    候而者   弥   以  此上  桴
のいっけんしょうこなきにあいなりないさいつかまつりそうらいてはいよいよもってこのうえいかだ

川 下 難相成    当 惑 之餘 り御利解 不顧   御愁
かわさげあいなりがたくとうわくのあまりごりかいかえりみずごしゅう

訴奉申上       候   ハ前 書 散 乱 之材 木 右 場所 二
そもうしあげたてまつりそうろうはぜんしょさんらんのざいもくみぎばしょに



(大意)
の一件については証拠なく内々にて済ましてしまってはいよいよこの先
筏川下げが困難になってしまいます。当惑のあまりご理解を顧みず私どもの苦しみを
訴え出てしまいました。といいますのも、以前に申し上げた散乱した材木は以前のまま同じ場所に



(補足)
「證據」、「證」は証の「據」は拠の旧字。
「内済」、表ざたにせず内々にことを済ますこと。「済」のくずし字がわかりにくいので、2文字セットで覚えたほうがよさそう。旧字の「濟」のようですが?
「餘り」、「余」のくずし字がわかりにくい。
「愁訴」、同情を求めて苦しみや悲しみを訴えること。
「奉申上候ハ」、「候ハ」と以下の文章に続け、前述したその理由を続けて述べます。

 この頁でも、自分たちのしてしまった事柄の合理的な理由を述べることはなく、ひたすら心情的に自分たちの村の窮状を訴えたりしています。内済にされることを恐れていますが、筏の川下げをするにはまた同じところで同じようにする可能性が高いからでしょう。

 それならば、そうなってしまわざる理由をのべ、戸口村との妥協点を探すという現実的な方策を探れば良いことです。心情的にお役所に解決をお願いすることは双方にとってよろしくありません。

 均平さんの後ろ盾には筏組合があったはずですが、今ひとつ頼りにはなっていなかったようです。


2019年11月26日火曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その58




 P.35 3行目まで。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
候   二隨  ひ自然 与山 元 仕入 方 杣 木挽 二至  迄 利潤 二 相
そうろうにしたがいしぜんとやまもとしいれかたそまこびきにいたるまでりじゅんにあい

闇 私   共 四 ヶ村 二不限  秩 父高麗両  郡 之内 数 十  ヶ村
やみわたくしどもよんかそんにかぎらずちちぶこまりょうぐんのうちすうじゅっかそん

一 同 衰 微之基 二相 成 難 儀至極 之折 柄 今 般
いちどうすいびのもとにあいなりなんぎしごくのおりがらこんぱん



(大意)
したがって、おのずと山稼ぎや杣(そま)木挽(こび)きにいたるまで利潤の
見通しは暗く、私共の4ヶ村に限らず秩父高麗両郡のうち数10ヶ村
では村が衰える原因となり、非常に苦労しているところであります。今回の


(補足)
「隨」、「随」の旧字体。
「杣」、ここの「山」の筆の運びをその上の「山元」と比べるとおなじになってます。
「闇」、「門」は冠のようになって、「音」が下部にきてます。「門」のくずし字はだいたいこんな感じになってます。
「折柄」、「折」一文字では?ですが「柄」があるので、なんとか読めました。


2019年11月25日月曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その57




 P.34 4行目〜最後。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
人 足 之費其 外 多分 損 金 相 立 候   を厭 ひ乍心外
にんそくのひそのほかたぶんそんきんあいたちそうろうをいといしんがいながら

酒 代 等 差 出し相 宥  候   二付 追々  風 儀押 移 り川
さかだいとうさしだしあいなだめそうろうにつきおいおいふうぎおしうつりかわ

丈 村々  之内 数 ヶ所 右 村 柄 出来諸 雑 費相 嵩
たけむらむらのうちすうかしょみぎむらがらできしょざっぴあいかさみ


(大意)
人足の費用やその他いろいろな出費が重なることを憂慮し、心外ながら
酒代など与えなだめております。少しずつ村のならわしは変化してきていますが
川丈の村々のうち数か所では村の景気や諸雑費はかさむに


(補足)
「費」、(ついえ)とも読みますが、どちらでもよさそう。
「損」、異体字なのか「員」が「ム」+「貝」の形もあるようです。
「厭」、あまり目にしませんが、ほぼ楷書です。
「宥」、「宀」+「有」。ちゃんと「有」のくずし字になってます。

「川丈」、悩みました。部落名であったのかもしれません。
「右村柄出来諸雑費相嵩」、ここも悩みました。素直に読んで、(ここの村柄(むらがら)の出来(でき)は悪く、諸々の支出もかさんでいる)のような意味合いだろうとおもいます。

 文章の言い回しがどうも堅苦しく感じます。



2019年11月24日日曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その56




 P.34 3行目まで。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
候得共   前々  申  上 候   通 り我 野郷 ゟ 流  出  候   小川
そうらえどもまえまえもうしあげそうろうとおりあがのごうよりりゅうしゅつそうろうおがわ

二而平 日 水 細 く桴  川 下ケ難相成    大 雨 出  水 を相 待
にてへいじつみずほそくいかだかわさげあいなりがたくおおあめしゅっすいをあいまち

火急  二川 下 二仕    候   儀二付 手間取 候而者   忽   水 落
かきゅうにかわさげにつかまつりそうろうぎにつきてまどりそうらいてはたちまちみずおち


(大意)
ですが、前々から申し上げている通り(高麗川は)吾野郷より流れ出ている小川
ですので、普段は水量が少なく筏の川下げができず大雨を待ち出水のときに
急いで川下げを行っています。そのときに手間取っていてはたちまち水量がなくなり
(川下げができなくなり)


(補足)
「水細く」「出水」、ここの「水」のくずし字は平仮名の「み」のように書いて最後のところは
ちいさな「く」をグニャグニャっとした感じ。
「水落」、こちらは普段目にする「水」。
「手間取」、「間」と「取」の間に小さな文字があるような気がするのですがわかりません。


2019年11月23日土曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その55




 P.33 4行目〜最後。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
然  所  近 来 引 續  村々  人 氣不宜    無謂   川 中 へ杭
しかるところきんらいひきつづきむらむらにんきよろしくなくいわれなきかわなかへくい

木等 打 立 桴  通 路差 障 り又 ハ無筋 之難 渋  等
きなどうちたていかだつうろさしさわりまたはむすじのなんじゅうとう

申  掛 桴  川 下ケ之度々  荷主 共 必 至与及難渋ニ
もうしかけいかだかわさげのたびたびにぬしどもひっしとなんじゅうにおよび


(大意)
しかしながら近頃は引き続き戸口村の人たちの評判はよくなく、謂われなく川の中へ杭や木などを打ち立て、筏の通り道を妨げたりまたは理屈の通らない言いがかりなどを
よこしたりしてます。荷主たちは筏の川下げのたびごとに非常に困っています。


(補足)
「人氣」(じんき、にんき、ひとけ)読みはいろいろあります。村の人達の評判・様子と理解しました。
「气(きがまえ)」が冠のようになってます。
「不宜」(むべなく)とも読めるでしょうが、普通に(よろしくなく、よろしからず)としました。
「通路」、二文字セットで覚えたほうがよさそう。

 どちらかの肩を持つわけではありませんが、均平さん側の言い分は具体的ではなく説得性に欠けます。
「近来引續村々人氣不宜」→ 情緒に流れ今回の筏の一件とは関係が遠い。
「無謂川中へ杭木等打立」→ どのようにどの程度杭木など打ち立てられているのか不明。
「無謂」→ 本当に謂われなくなのかどうか、理由をちゃんと戸口村から聞いたのか不明。
「無筋之難渋等」→ 具体的にどのような言いがかりでどのようにかけられ、それは継続的であったのか無かったのか不明。
 などなど、どうも均平さん側の言い分は大雑把です。



2019年11月22日金曜日

桴出入諸願書井相手方詫書等写 その54




 P.33 3行目まで。「飯能市立博物館所蔵淺海公介家55号文書」

(読み)
乍恐    以書付     奉願上候
おそれながらかきつけをもってねがいあげたてまつりそうろう

武州  秩 父郡 坂 石 村 一 件 訴訟  方 均 平 奉申上
ぶしゅうちちぶぐんさかいしむらいっけんそしょうがたきんぺいもうしあげたてまつり

候   私   共 出入 追 々 厚  御利解 之趣   難有   奉承伏候
そうろうわたくしどもでいりおいおいあつくごりかいのおもむきありがたくしょうふくたてまつりそうろう


(大意)
恐れながら書付をもって願い上げ奉ります。
武州秩父郡坂石村一件、訴訟方の均平が申上げ奉ります。
私共の訴訟を引き続き深くご理解くださり有り難く承伏する次第です。


(補足)
 坂石村の均平さんの反論が始まりました。
戸口村の返答書が8月で、この反論の日付は同年10月になります。

「州」、ここのくずし字は「リ」が三つのような形。「渋」の右側のような形のくずし字もよくあります。
「訴訟」、「訟」一文字だったら悩みます。
「申上候」、「候」が改行されて行頭にきてます。マス目のある原稿用紙に記しているみたいで几帳面な性格だったのかもしれません。
「難有」、「有」が今まで見てきたくずし字と少し異なって見えます。