2018年11月7日水曜日

紙漉重宝記 その89




P.35 半紙仕立類図 上段


(読み)
半 紙仕立 類図
はんしし多つるづ

さんよ 紙 可い可゛ 可う可も
さんよ かみかいが  かうかも

志れぬ。さうし可ミでまど越者れ
しれぬ。さうしかみであどをはれ


(大意)
さんよ、紙買いが買いに来るかもしれない。
草紙紙を貼って、障子の破れをふさいでおけ。


(補足)
半紙仕立類図、「したてる」ではなく「したつる」でした。
「紙可い可゛可う可も」、最後の「可も」がわかりにくいです。

「さんよ」を日本農書全集53では「子どもの名前」としていますが、どうも不自然におもわれます。
「浜田の方言集」にはのってませんでしたが、子どもへの呼びかけ「おい」「なぁ」、または独り言「そうだ」などのような気がします。

 子どもに指示しながら紙を束ねている爺様が、
今までの人物のなかでも、特に念入りに描かれています。
顔の皺・目・鼻、簡素ではありますが手元に集中しているのがわかり、
口元は開いていて、子どもに話しかけている様が表されています。
半纏の背には大きな継ぎ接ぎが4箇所あります。
室内の作業着でしょうか。
左側の膝下には、煙管一式でしょうか、仕事の合間の一服が目に浮かびます。

 子どもは手慣れた様子で作業を進めています。
数束ごとに藁を付箋代わりに挟んでいるように見えます。


2018年11月6日火曜日

紙漉重宝記 その88




P.34 半紙裁切図 9行目〜最後


(読み)
御上  納 あるひハ売 紙 にも
ごじょうのうあるいはうりかみにも

出須  なり
い多゛すなり

左二各   図を以 て
さにをのをのづをもって

其 苦越志ら須
そのくをしらす


(大意)
御上納あるいは販売したりする。
次頁にそれぞれ絵図をもちいて、その苦労を知ってもらおう。


(補足)
「図」、ここでは「口」「方」、その両脇に点々のくずし字です。

いつもながら丁寧な描き方、熟練した職人の趣です。
左足のくるぶしあたりの輪っかは何でしょう。
股引の裾を折っている?

Reports on the manufacture of paper in Japan ,
18_Cutting "hanshi" into proper sizes



 熟練した職人とは程遠い。
恐る恐る、ギコギコギコ・・・。
半紙の切り口はささくれだっていそう。


2018年11月5日月曜日

紙漉重宝記 その87




P.34 半紙裁切図 5行目〜8行目


(読み)
右 の足 尓て踏 付 左   の手に
みぎのあしにてふミつけひ多゛りのてに

鎌 を持 て、これを多ち切る也
可まをもちて、これをたちきるなり

是 を十 可さ年一 〆 とし天
これをじっかさねひとしめとして

六 〆 合 せ一 丸 と成し
ろくしめあハせひとまると奈し


(大意)
右足で踏みつけ、左手に鎌を持ち、これを裁ち切る。
この一束を十束重ねたものを一締めとして、
それを六締めあわせたものを一丸として


(補足)
「足」、わかりずらいです。
「踏」、「足」「水」「口」から成り立ってますが、うーん・・・。
「鎌」、「金」偏はよいとして、「兼」がわかりずらい。
「年」、くずし字は「○」のようになります。とても特徴的なくずし字です。

 文中では「左の手に鎌を」とありますが、絵図では右の手に持っています。
木工などでこういった加工の経験がある方ならすぐにわかるとおもいますが、
こういった作業は台木の右辺を使って行います。

 つまり、左足で踏みつけ右手に鎌を持ち(左手で裁ち切られる端部分を持ち)、裁ち切る。
しかし、右手と左手が交差して作業しづらいのです。
そこで左手に鎌を持ち、右手で落とす部分を持ち、断ち切れば問題はありません。
なのですが、昔から刃物はほとんどすべてが右利き用に作られており、この作業は大変に難しかったはずです。鎌でなく包丁なら片刃が両刃を選べばもう少し現実的になります。

 台木の右辺にこだわらず、正確な作業をするには台木の左辺を使うとよさそうです。
絵図のままです。右足で踏みつけ右手で鎌を持ち左手で落とされる部分を持つ。
作業の流れもよく合理的で安全な流れとなります。

 重宝記説明文のとおりですと、右手があいてしまうことになります。しかし端を落とす紙を持たねばならないので、この右手は必ずその部分を持っていなければなりません。こうすると左右の手が交差することになり、作業はしにくくなります。

「日本農書全集53」の注には「本文のように左手で鎌を持って切るには、きわめて巧みな者しかできなかったであろう」としてますが、わたし自身は単に重宝記筆者の勘違いだろうと考えてます。
左手で切ることも可能だったでしょうが、左右の手が交差すること、当時も今も刃物は右利き用に作られていることなどから、どこの紙漉き農家でも行われるには左手に鎌を持っての作業はありえません。

 半紙を裁ち切るには、結論はこの絵図の通りということになります。

2018年11月4日日曜日

紙漉重宝記 その86




P.34 半紙裁切図 1行目〜4行目


(読み)
半 紙裁 切 図
はんし多ちきるづ

半 紙一 折 二十  枚 づゝに、間へ
はんしひとをりにじゅうまいづつに、あいへ

藁 を入 、十  折 (國 尓てハ是 を一 束 と云 。都  にてハ是 を五帖  と云 )
王らをいれ、じゅうおり(くににてはこれをいっそくという。みやこにてはこれをごじょうという)

右 の紙 を台 木へのせ、角 の
みぎのかみをだいぎへのせ、可くの

寸 法 極 めし定 規を阿て
すんぽうきはめしでうぎをあて


(大意)
半紙裁ち切る図
半紙一折、つまり20枚ずつの間に藁をはさむ。10折にしたものを(ここ地元では一束といい、都では五帖という)台木にのせ、四隅が直角で寸法が正確な(型)定規をあて、


(補足)
「折」がわかりにくい。
「間」、「あいだ」ではなく「あい」と振っています。
「國」、「都」、虫眼鏡で拡大してやっとわかりました。
「台」の旧字は「臺」ですが、ここでは「其」+「至」です。

 定規の板は、半紙の右上にのっているまな板のような板でしょうか。
決まった形に切り出す作業は昔も今も、型紙や型板を正確に作ってそれをもとにして切ります。
わたしは工作大好き人間で、この工程の作業をあれこれ考えます。
いろいろどうなんだろうとおもうところがあり、それらは次回に記します。

 裁ち切って使いみちのない紙は紙こよりなどにして再利用したのかもしれません。


2018年11月3日土曜日

紙漉重宝記 その85




P.33 中段


(読み)
どひやうしもの可゛


可ミをちらし


おらに奈んぎをさ春流の



(大意)
「とんでもない事をする風が紙をちらして、オレに難儀をさせやがる」


(補足)
 ネットの「浜田の方言集」の中に、「どひょうしもの」⇒とんでもない事する(重宝記) とあります。この紙漉重宝記はすでにいくつか見てきましたが方言もそのまま記して郷土色をだしています。

 絵師は山々の木々を描きわけています。
手前下部は、松葉のような木、筆をのせるように描いているのは広葉樹かもしれません。
中段では、桧や杉など針葉樹のように先が尖っている樹木と枝や葉を横に平たく描いているものもあります。奥の山々は細かく筆をいれてはいませんが、近景から遠景へと樹木の描き方を変化させています。

 それにしても、こんな険しい崖を紙漉き父さんは裸足で、本当に上り下りしたのでしょうか、そんなことできるわけがありません。

 見開きの頁にはなっていないのですが、前頁と絵がつながっています。
こんな険しい山里で紙漉きを行っている村もあったのでしょう。



2018年11月2日金曜日

紙漉重宝記 その84




P.33 上段


(読み)
本し多流紙  壱 枚 風 尓天
ほしたるかみ いちまいかぜにて

谷 へふ起ちりし をとりに行
多尓へふきちりし をとりにゆく

尓も一 時 計  リ 可ゝ類。竹 を
にもいっとき者゛可り かかる。たけを

王り、ちりたる紙 を者さミ
わり、ちりたるかみをはさみ

持 可へるなり
もちかへるなり


(大意)
干していた紙が一枚、風で谷へ吹き飛ばされたのを取りに行くのも
二時間ほどもかかる。竹の先を割ってその飛ばされた紙を挟み持ち帰る。


(補足)
変体仮名がたくさん出てきています。あれっとおもったら調べるのが一番です。

とんでもない崖、谷のところで紙を干していたものです。
何もこんなところを選んで干さなくてもよいとおもうのですが、それなりの事情があったのかもしれません。紙漉き家業の農家がすべてこんな崖っぷちのところだったはずはありません。

 父親は左隅の木に引っかかっている紙をめざし谷へ用心深く降りてゆきます。
左手は崖途中の小枝をつかんでいますが、右手は紙の方向に向けられているものの、紙を挟みとる竹の棒は持っていません。腰にも差してはいないようです。

 遥か下には川が流れてました。

2018年11月1日木曜日

紙漉重宝記 その83




P.32


(読み)
可ん遍゛んして
かんべ んして

おろそ可に紙
おろそかにかみ

つ可ふべ可ら須゛
つかうべからず

此 図を見て
このづをみて

その苦越
そのくを

志流べし
しるべし


(大意)
 紙漉きの大変さをよく考え、おろそかに紙を使ってはいけない。
この絵図をみて、その苦労を知るとよい。


(補足)
「かんべんして」、「かんべん」というとどうしても「勘弁」(許しを請う、やめてほしい)の意がまずおもいうかびます。もう一つの意味をすでにジジイの仲間のわたしは知りませんでした、お恥ずかしい。「十分に考えること。わきまえること。」

 急斜面の地盤の良さそうなところを、開墾してなだらかにしたようにみえます。
数軒の茅葺屋根が山側によりそうように建っています。

 一人で紙を漉くと干し板が40枚必要とありましたが、
ここにはそれほどの広さはなさそうです。
集落へ荷を運ぶ人が描かれ、狭い広場で干し、紙床もあります。

 谷へ飛ばされた紙を取りに行っている父親は崖を見渡してもいません。
このような場所で作業をしていれば、ちょっとした風で紙が飛ばされるにきまっています。
風が吹く様子を描くのは難しいようです。